- 2007年12月19日 01:42
- ほんまちゃん日記
ここ最近、ほんまちゃんがガールズ会のテーマにしているのが「異性の友達」はありえるのか、ということだったりする。
異性の友達ってありえるのか?
・・・ほんまちゃんはあると思う。
でも意外と「そんな異性の友達はいないし、必要ない」と答える女友達も多い。というか70%くらいはそう。(当社比?)
異性であるだけで、友達の可能性はなくて、彼(もしくは候補)か自分にまったく関係のない人、に振り分けられているらしい。
なるほど、そういう考え方もあるのか。
でもわたしは、それは違うんじゃないかと思う。
もったいない。
どうして、人類のおおよそ半分と友達になる権利をみずから捨てなきゃいけないの?
それこそ差別じゃないの、と。
どうにかなる可能性があるから?そんなに自分に自信がないのかしら。
実際、何人かの男友達がいるし。
第一わたしにとっては必要なものだ。
違う性別を持つことでよくわかんないことはたくさんある。付き合っている彼やパートナーがいつも正しいことをいっているとは限らないじゃないの、と思うから。知らなければ、聞くことが出来なければ、それを受け入れるしかできなくなる。
でも一方で男友達がいて、相談できたなら相手の気持ちをもっと正確に知ることが出来るし、おかしい部分は異性だからではなくて、その人の個性だからだってわかる。そしてその恩恵はもちろん相手にも与えることが出来る。
そういうことって大切じゃない?異文化交流?
それに話題が違う。たとえば女友達と話すときは恋愛とかファッションとか人間関係とか、あとグルメね。そういうことが多い。
でも男性はビジネスや専門分野の話がそれに加わったりする。
わたしは小さい頃からファミリーでビジネスの話をする機会が多かったし、今でもかなり興味のある分野なのだ。好きだし、ライフワークのひとつのつもり。だからそういう話をしたい。意見交換したい。でも女性でビジネスの話ってすごく難しい。人によって意識が全然違うんだもの。もちろん絶対数が多いという話だけどね。
ちなみに残念に思うことのひとつとして、女性とはビジネスの話はしない、という男性もいる。そんな話通じない、と思っているのね。驚くけど、怒ったりしないですよ。つまらない人と思うか見る目が無いと思うだけ。よって、友達にならないと振り分けられるけどね。
わたしがいつも心がけているのは、男性でも女性でもこの人は人間として好きか嫌いか?ってこと。
まず友達になれるかな・・・と考える。
そして本気でディベートできるかどうか。
友達でも彼でも付き合いたいと思う人はみんな好きでつながっている気がする。そしてお互いの意見を話し合えること。それが出来さえすれば、年齢も性別も関係なく友達になれると信じているのだ。違うことが認められたならそれはお互いにとってハッピー。
恋愛感情が生まれちゃったら?
うーん、まっ、それはそれで仕方ないんじゃないかなぁ。友達のままか、二度と会わないか、付き合うかは二人で決めればいいことなのだ。どんなスタイルだってそれはそれでアリだと思う。
とfriendship論を語っていたら「やっぱりほんまちゃんって変わってるね」といわれてしまった。
いや、だからわたしは普通ですってば!
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