2008年01月03日
Not too late
Not too late (遅すぎるなんてことはない)
いや、遅いよ・・・。
もう3時を過ぎてしまったもの
ノット トゥ レイト
いやいや、美容によろしくない。
でもたしかに Not too late
わたしたちはいつでも、スタートできる。
キレイごとじゃなく、心からそう思えばほとんどすべてのものは挑戦できると思う。
結果はどうあれ、チャレンジすることは許されてる。

死ぬまでにしたいことってある?
そう聞かれて、真剣に考えてみたけど、何もないと答えた。
だって、絶対にやりたいことはやってきたもの。チャレンジしてきた。ひとりで旅をすることも、仕事をすることも、ほしいものを手にすることだって。やろうと思って出来ないことなんて一度もなかった。年齢も経験もまったく関係ない。いつも自分の頭で考えているもの。大切なものをおざなりになんてできない。ごまかしたりできない。
それはほんまちゃんが何も持っていないからだよ、と。自由だからだ、という人もいるけど。
でもそれは違うと思う。わたしはただ選んでいるだけ。不自由でいることを選ぶこともまたアリなんだもの。
どちらにせよ、すべて自分が選択した結果なのだ、と思うことにしてる。わたしの不幸はあくまでもわたしのものだ。誰かのせいじゃない。幸せもまたそう。でもそれが周りに伝染することはある。だからわたしは幸せでいなくちゃ。幸せでいられるように選択を繰り返す。これからもきっと。わたしにとっての最大の不幸は誰かの言うとおりにすること。自分の人生を誰かに支配されること。自分で選択しているかぎり、不幸にはならない。
正しいとか間違っているとか、知ってるとか知らないとか、幸せだとか不幸だとかっていう話じゃない。
これはすごく個人的で感情的なことだもの。ほんまちゃんに関してだけのこと。
わたしは今年も自分が自分らしくいられるためにたくさん悩んで、考えて選択をしていく。
自分に出来るのはそのくらいだもの。
ノット トゥ レイト
わがままで、気ままでいたずら好きなほんまちゃんを今年もよろしく。うへへ。
2007年12月14日
カンカクノヒト
わたしにはフツウがよく分からない。
いつも自分はあくまでも普通だと思っているんだけど、ヒトからはよく笑って否定されてしまう。
そのたびに「じゃあ、普通ってナンなのよ、いってみてよぉぉぅ」と絡んでいる。
でも的確な、ほんまちゃんが納得するような答えは誰もくれなくて、だからわたしは今でも自分のことを普通だと思っている。

後は自分のカンカクを第一優先にしてるの。理由とかじゃなくて「カン」ね。理由は説明できないことばかりなんだけど、でもそのカンカクをわたしは最も信じてる。何かを判断したり、感じたりする時にはこのカンカクがほんまちゃんを作ってるのだ。何かを買うときもそう、自分の将来を決めるのも、仕事でも、友人でもそう。
根拠なんてまったくなくても、自分のカンがそういってるから、という理由はかなり多い。というか、ほとんどそれなのだ。ハハハ。根拠のない自信ってやつがウリですが何か?
人間って本当に不思議。たぶん、ヒトって生き物はそんなには大きく違わないと思う。無名も有名も。どんなに自分が憧れているヒトだって、嫌いな人だって、うーんと年上だって、赤ちゃんだって、実はちょっとしか変わらないんじゃないかって思う。
変わるのは修飾語、その人を取り巻く修飾語なのだ。
だからわたしはどんなに有名な人に出逢っても物怖じしない。どこに行っても物怖じしない自分でいたいと思って、自分自身をそういう風に作り上げてきたから。ただし、ものすごく憧れているヒトとかだと緊張してしまうんだけど。(笑)これだけはムリ。
パッケージだけが大きくならないように、またみすぼらしくならないように、中身とパッケージがぴったりと寄り添うような自分が理想だ。
今の自分となりたい自分と、ちょっとした調整を楽しんでいる。それでもたまにそれに苦しさを覚えるんだけど、ね。苦しむことは大歓迎。悩むってことはまだまだ成長できるってこと。新しいことをやっているというしるし。
そのちょっとした差が大きい。
ちょっとしたことに気がついて、行動できるか。気がついたことをやるべきことだと信じられるか。
そういうことなんだと思う。
わたしは話すことがすごく苦手なの。表現することが苦手。
頭の中でよーーく考えて出したものでないとうすっぺらい言葉になってしまって、自分の本当の気持ちが伝わらない気がしてしまう。
あとは自分の頭の中にある気持ちにぴったりの言葉がないの。だから話をするときはうまく話せない。
うまくできたなぁと思うことは熟考してようやく搾り出した結果なのだ。
だだだだーー、と一気にまくし立てられるのって苦手。うまく返事を取り繕うことができない。
そしてウソは嫌い。というよりウソがつけないタイプだから困る。ということでウソはつかないことに決めている。可能な限り。
こうしてブログにいろんなことを書き続けているのも、わたしの性格に合っているからなんじゃないかな。
文章なら何度も何度も考えて、しかも違うと思ったら書き直せる。
試行錯誤してやっと一人前なほんまちゃんです。ニヒヒ。
2007年11月16日
自分の中のずるさと好奇心
いつも、新しい発見があるなぁと思う。
どんなに疲れていても、どんなに浮き足立っていたとしても、たぶん同じように学ぶことはある、と思う。
ただし、毎日をそんな風に感じられないのはそのときの気分や感受性によるものなのかもしれない、と。
わたしは見た目よりもずーとタフだと思う。
タフでなければ生きてはいけない。弱さを武器に戦うことは簡単だけれど、それはしたくない、と思う。
たぶんそれは、自分が弱いことを知っているからかな。だからタフになれる。
いろんなことが見えると、きっと苦しい立場に立たされる。
でもその苦しさが自分を支えて、成長させてくれると心からそう思う。
だからそのことをわざわざ教えてあげる必要もないか、と。少しだけ意地悪な私もいる。言った所で伝わらないことだってあるのだ。経験しなきゃわかんないことはたくさんあるもの。
いつも自分の利益で生きている人が世の中のほとんどを占めていようとも、自分はそんな風になってはいけない、と思う。もちろん、自分の価値基準はあっていいのだけど、それが全てになるのは怖いことだと思う。周りが見えなくなることは。自己中心的に、イイワケを繰り返していると、それが当たり前になって、つまらない自分になってしまう・・・という危機感があって、それが実は一番怖い。
わたしの生き方は全然スマートじゃない。いつも試行錯誤の繰り返しで、うんざりする。もっと楽して生きていけばいいじゃないの、と人は言うかもしれない。
いや、18の時からずーと、言われ続けてきた。もっと前からかな。(笑)わたしの周りの人は本当に親身になってアドバイスをしてくれる。そういう人がわたしは好きだし、実際そんな人ばかりなのだ。だから感謝をしてもしきれない。皆が口を揃えて言うことはきまっている。「もっとずるがしこく生きることも出来るのに・・・」と。いや、むしろそうすべきだ、と。若さと美しさを最大限に利用すべきだと。
でも私自身がそれを許さない。許したくない。最大限に利用すべきは自分の能力でありたい。若さや美しさはオプションじゃなきゃだめなのだ。誠実であることが自分の核だと思うから。素直さは失いたくない。器用になんてならなくていい。不器用でいいの、といつも反論ばかりしてる。でももちろん自分の持っているものすべてで挑戦するけど。
ひとつのウソがたくさんのウソと結びつくように、ひとつの妥協がたくさんの妥協と結びつくのだと思う。
そして少しずつ何かをあきらめていくことが当たり前になる。
誰かに頼って、自分の頭で考えなくてもいいというのはとても不安で恐ろしい。そしてそんな自分はありえない、という結論にたどりつく。
それでもって、じゃあ自分じゃない人はどう考えるだろう、と相手の立場で物事を考えるようになる。ここ数年は自分以外の人がどんな風に物事を捕らえているのかが知りたくて、人と出逢い、食事をしながらいろんな考えや立場を勉強しているのだ。それが楽しくて仕方がない。
知りたいと思うことはただ知るための努力をするだけ。
結局は人がすべての価値を作り上げる。だとしたら人について知っていることこそが最も価値があるのではないか、というのが今のほんまちゃんの答えになっている。誰かの気持ちが分かること。人間力があること。感じる力があること。究極はそうなる。
そんな風にシンプルに生きてゆく、ともう決めている自分がいる。
そしてそうすることが自分にとっての幸せだと分かってしまっているのかも。
2007年10月28日
そのとき感じることを
今日は暖かくて、キラキラしている太陽がとっても気持ちがいい。
久しぶりに洗車したり、洗濯したり。おふとんを干したり。
台風がつれてきたごほうび、かな。
わたしはこれからどんどん変わっていくと思うのだけど、きちんとそのときそのときに感じたことを忘れないでいたい。
感じることや思うことや考え方は変化するだろうけど、そのつど真剣に考えて答えを出したことは絶対ムダにはならないと思うの。そして、そのときそのときに持った感覚を忘れないでいたい。
自分が10歳だった頃に何を考えていたか、20歳の時にどんな自分になりたいと思ったか。不安で悩んだりしたことはどんなことだったか。そういうことをきちんと持っていたい。

誰に何を言われても、自分さえしっかりとしていれば大丈夫だとおもうから。
今までの経験が今のわたしをしっかりと支えてくれているんだもの。
過去の自分は変えられないけど、将来の自分はいくらでも変えられると思うの。
だから、今できる精一杯をしていたい。
すてきなものを集めたり、見たり、話したり。
いろんなものを知りたい。
そのためには自分のムリのない範囲で出来ることを続けていくしかない。
贅沢は日常でする。贅沢をスペシャルにしたくない。
本当のことを知らなければ、本当のことは分からないまま。
ステキなものを知らなければ、ステキなものは創れない。
わたしは自分にとっての価値があるものを探し続けたい。
誰かにとって、世間にとって大切なものでも、わたしにとって大切じゃないものは必要ない。
とにかく今は自分にとっていいと思えるものに囲まれて暮らしていきたいと思っているのだ。
だって、自分の人生は自分で決めるしかないんだもの。
いつも不平不満を口にしていたくない。そういうひとはきっと、自分で決めていないからそういえるんだと思う。自分で決めていたら、不満なんて言ってる場合じゃない。なんとかしないと。(笑)
誰かが決めてくれるのを待って、不平不満をいう人生なんて嫌!
いつもいいこと、ステキなものを探して、わくわくしながら生きていく方がずーとずーと魅力的なんだもの。
だからほんまちゃんは魅力的でいなければいけないのです。
じゃないとわたしも楽しくないもんね。ヒヒヒ。
2007年09月28日
できることを
定期的に、自分自身に問いかけること。
わたしは
ヘンなプライドをもっていないか
勘違いをしていないか
嘘をついていないか
疲れていないか
できることをしているか
周りの人を大切にしているか
幸運であることを当たり前だと思っていないか
???
どうだろう・・・?
どうなのよ、ほんまちゃん、と思う。

今日、いつも更新を楽しみにしているヨーコさんのブログでプラ子ちゃんのことを知った。
プラ子ちゃんはわたしと同じ歳のオンナノコ。
でも今はひとりで旅を続けながら、ボランティアしたり、世界を見たりしている。
きちんと、目の前の出来事を見てる。
そして自分の弱さや当たり前であったことがあたりまえじゃなかったんだってことを体験してる。
すごい。すごい勢いで成長しているんだろうなぁと思う。そしてブログに自分が見たそのままを表現しているように思う。
プラ子ちゃんは決して文章がうまいわけじゃない。でも、ものすごく伝わってくる。リアル感。
わたしも、こんなオンナノコがいるんだよーってことを伝えたくなったの。だってほら、このブログってフツウのオンナノコの生活研究がテーマだからね。
全ての人が彼女のようにならなくていいし、彼女がしていることを正しいことだとかそうでないとか、そういう判断はしたくない。する必要がない。
でも、わたしは知るべきだと思うの。知らない、気がつかないことは罪だと思う。
知ることが出来たのに、知らないでいることは罪だ。
ほんまちゃんはそう思う。
そもそも人生は不平等なの。平等なんてないの。だけど、もしも自分にできることがあれば、それをすればいい。
もしも、自分に人を助けるだけの力があればそれをすればいいし、そうでないなら、無理のない範囲で自分ができることをしていくことで少なくとも自分の人生は変えられると信じてる。
おいしいものを、ブランドのバッグを、快適な生活を捨てる必要はない。でもそのうちの少しだけの興味を知らない世界に向けられたら、それでいいんじゃないかしら。
わたしは神でもないし、完璧でもない。
ずるい自分、わがままな自分、理不尽なこと。何がよいことで何が悪いことか。なんてつまらないことにこだわっていたか、全てを認められればいいのに、と願う。
2007年09月11日
Make a Big Difference
これだけ成熟したマーケットにおいて、もはや目新しさを求めるのはなんだか違うような気がする。
というのが実は物心ついたときからのほんまちゃんのポリシーのひとつ。
新しい何かを創り出すことよりも、違いを見つけて、アピールできるように。
わかりやすく、シンプルで、しかしハッキリとした違う何かを示すことが出来なければ。
完璧でなくても、自分が出来る100パーを、いや80パーを出し続けたいと思うの。
それを続けることでしか成長できないから。それしか方法がみつからない。
断れないんじゃない、断らない。可能な限り断らない選択をしたい。
わたしはね、ちゃんとした約束は絶対守る。可能な限り、守っているつもり。本気で。だって信頼って小さなことの積み重ねだもの。相手を大切にして、自分を大切にするからこそ信じられるって思わない?
不安がないんじゃない。不安を知った上でそれと戦いたい。
ただ可愛いだけ?それじゃあ満足できない。
よく気がつく?そうじゃない、必死に努力しているだけ。全身で、自分の全てでいろんなことを感じ取ろうと努力するだけ。
もちろん完璧になんて出来ないし、いつもいつも自分の無知を突きつけられる。
だからといってあきらめない。
でも、強いんじゃない。強くなろうと必死にがんばるだけだ。
他人にも、自分にも誠実で、フェアであろうとするのはひどく疲れる。
時には批判され、時には賞賛される。
時には誤解され、時には理解される。
いつも試行錯誤の繰り返し。
でもそういう生き方が好き。
目の前の状況はすべて自分の選択の結果だと、そう心から思う。
プラスもマイナスも含めてしっかりと抱きしめないと。
どうしたらもっと魅力的な人間に、女性になれるかしら。
理論なんて全然好きじゃない。だから机の上でするお勉強は苦手。いつも経験からでしか深い理解が得られないのは、頭が悪いからかしら。
でももしそうだったとしても、わたしは絶対頭の悪い生き方を選択すると思う。
できることなら、この人と一緒にいたらなんだかもう少しがんばれそうだなぁ、なんて思ってもらえると理想的なんだけど。そしてわたしも同様にそういう人をみつけなきゃね。
あれ、ちょっとずうずうしかった?(笑)
なんだか今日は最近頭の中にいた思考がうまくまとまった感じがして、うれしい。
2007年08月22日
夏の宿題?
全ての事柄は起こるべくして起こっている。
幸福なことも、不幸だと思うことも。
だから人はきっと逢うべくして逢っていると思う。
私はそう思う。
東京で、日本で、外国で。どこでだって出逢いはある。きっとある。
出逢いがないなんてウソだと思う。
出逢う努力をしていないか、出逢っているのに気がついていないだけね、きっと。
どんな環境にいても、出逢う時は出逢うし、縁がなければ出逢ったとしても、そのままスルーしてしまう。
わたしはいつも、男性とか、女性とか、美しいとか、美しくないとか・・・それだけで判断しない。どんな声でどんなしぐさでどんな表情で話をするか。どこの国に生まれたとか、どんな環境で、どんな考え方で育ってきたか、自分を成長させてきたかを総合的に見たい。
そのどの項目も、ひとつのメソッドだけで観察することをやめないようにしてる。決め付けないように。そして、同時にそのどれもを重要視しない。そしてすべてのものは変化することを忘れないようにしてる。
それはたぶん、無意識で。カンカクで。
だからうまく言葉で表現はできない。でもきちんと感じ取る能力はあるような気がしてる。
そう信じるからこそ、毎日を生きられるのかも、と思う。
私自身もどんどん変化したいし、当然回りもその可能性を秘めていると思うの。
これからもステキな出逢いに感謝しつつ、運命ヲ信じていきたいと願う。
それが生きるってことじゃない?
だから、ステキな人をたくさん知っている、友達でいられるというのは、最高の財産だと思う。
2007年07月28日
おとな分のこども
大人になるってことが実はまだ良くわからない。
結婚したり、子供を持ったとしてもきっと自分は大人だとは思わない気がする。
わたしはずーと、大人になるってことは強さを持つことだと思っていたのだけど、でも私のことを良く知る人は「ほんまちゃんは強い」とよく口にする。だとしたら、とっくにわたしは大人なんだと思う。
大人な子供だし、子供な大人なのかな。
今日、電車に乗りながらガタゴトガタゴト・・・なーんて音を聞きながらね、自分の貪欲さ、を感じてしまったの。私は常に自分を成長させたいし、新しい何かをほしいと思う。たぶん、一生どんなものを手にしたとしても、新しい自分を見つけたいと願うんじゃないかな、と。
それは、モノじゃなくて、目に見えないものね。
自分の力で、成し遂げることが好き。そして、自分の持っているものを生かして誰かを幸せにもしたい。できるならば、自分の周りに要る人はいつも幸せでいてほしいし、少しでもそのお手伝いができたらいいなぁ、と本当に純粋にそう思う。まっすぐに。
ほんまちゃんの周りの人がほんまちゃんにしてくれたみたいに。
わたしはちょっと変わっているかもしれないけれど、だったらその変わっていることを生かして、伸ばしていけばいいと思う。自分にしか出来ないことがいつか見つかるといいな。
信じることができないと頑張れないタイプなの。不信感があるものにはどうもうまく対応できない。信じるには知識をつけたり、経験したりしなきゃね。賢くならなきゃ。だからいろんなものから吸収して、進化し続けたい。
自分の能力を発揮できないの。ものすごい臆病だから。
これからのわたしは、どんな自分になるんだろう・・・。
10年後の自分はどうしているのかなぁ。実は密かな楽しみかも。むふふ。
ぬわーんてことを考えながら、マニュキュアとペディキュアを一新してました。最近の仕事は美容系なのでわりと派手なネイルもオーケー。私は特にアクセサリーとかジュエリーに興味ゼロなので、ネイルくらいはキラキラさせるのが定番になってます。
ネイルって意外とセンスとかクリエイティブさが要求されるのよね。わたしはこんな作業が嫌いではなくて、誰かにやらせるのはもったいない、とか思ってしまう。
というわけで、大人のひとりとして明日は選挙に行ってこようと思います。ぶっちゃけ、入れたいと思う人なんていないけど・・・。でもとりあえず、ね。
2007年07月22日
サザエさん症候群とは無縁。

最近、アロマに本気で夢中なほんまちゃんです。
フラゴナールのピーチのキャンドルでしょ、ハーンのアロマオイルにエッセンスに、スクラブ。アグロナチュラのボディソープにボディクリーム。アロマセラピーアソシエイツのシャンプー、コンディショナーにソープ。
気がついたら、アロマに囲まれた生活をしてました。
大人?になると大判のハンカチとかネイルとか先端、こまごまとしたところから安らぎを得られるようになるのです。最近、ハンカチはマイブーム。ネイルはひさしぶりにアートもせず、シンプルに。
さてさて、今日はお仕事の日。大抵ニチヨウ日はお休みなんだけど、月に1度か2度は働いてます。というわけで、サザエさん症候群とは無縁な生活が続いてます(そもそもサザエさんみてないのでブルーになることもないわね、おほほ)。2連休ってことがほとんどないのです。でも休み前が2日あるんだけどね。うふふ。
今日は月に1-2回あるミーティングでヒルズクラブへ。いつも写真を撮ればよかったと電車に乗ってから気づくほんまちゃんです。あははー。ニチヨウ日ということもあるし、セールということもあってやっぱり混んでました。いいなーーーと横目で眺めつつ、仕事ですよ、あたいは。しくしくしく。

新しいプロジェクトに関わり始めてもうすぐまる4ヶ月。やっとなんとかいろんなことがわかってきて、順調に回り始めた感じがする。毎日、イライラと疲れと希望と達成感があるけど、それはそれでOK!
いくつもの作業を平行して、隙間をコツコツと埋めていきつつ、よりよいものを作り出すのが仕事。決して几帳面な性格ではないから、すべてが完璧ってわけではないけど、大枠でまぁいいんじゃないって仕事が実は得意なのかなって感じている今日この頃。
と調子づいたことをいっているとすぐにしっぺ返しをくらうんですけどね。
ほんまちゃんは思うのですが、人って能力にはそんなに差がないと思うのね。でも、日々物事をどんな風に捉えるかで全然違ってくるのだと思う。自分で答えを探し出して、やってみる。そういう小さな差が1年後、3年後、10年後に大きな差になると思う。それから、お給料というのは能力のある人が沢山もらえるとは限らない。アピール、営業ができないと能力があってもダメだってことは最初に勤めたベンチャーで学んだこと。
受身でいるのはつまらないよ。全然ドキドキしない。チャレンジしていくのが面白い。ただ自分は安全な場所で誰かの足をひっぱったり、妬んだりしていることなんて無意味だなーってしみじみ思う。でもそういう人って意外といるんだけど。(笑)そういう意味でわたしは若い時から周りの人にひっぱりあげてもらったり、色々と教えてもらったり、話したり、感じたり、試行錯誤したりする機会に恵まれていたのだと思う。そんなことする必要一度もなかったもん。
ただ、自分の立場や経験はとことん利用する。それを生かしていく。条件は皆同じじゃない。でも、たとえどこからのスタートだったとしても、バランスを取ることができればうまく行くものだと思う。とはいえそれが難しくて、凹むこともあるんだけどね。
でも、あくまでも自分をコントロールするのは自分じゃなきゃ。大人になるために誰かにコントロールされたりしない。誰かから与えられるよりも自分でいろんなものを手に入れるほうがずーと楽しい。わくわくするんだもの。
・・・とこういうことをいうとまた「可愛くないオンナ」といわれそうだな。っていつも同じことばかりいってるわね、あたい。
いろんなアドバイスをしてくれる人がいてくれて、今の私を支えてくれているのだなぁと毎日感じる。いろんな環境の友人がいて、違う世界の話を聞いたり、意見交換したりするのは最高に楽しいの。
ほんまちゃんは能力的にはまだまだだけど、自分のポリシーでいろんなことを判断できるから、チャンスがあるかもしれないなぁって思う。自画自賛だけど、まだまだ成長できる余地があるかな。それをのばしていくことが楽しみなの。
人間として常に魅力のある人で、品性のあるひとでいることが永遠の目標です。不器用でも、損したっていいのだ。自分を信じたり、好きでい続けることのほうがずーと、ずーーーっと大切なことなんだもの。
というわけで、これからもがんばりますですよ。ウヒ。
2007年07月12日
"趣味"がおもしろい!

趣味なんだから当たり前と思った皆さん、
ちっちっちっ、違いますぜ。
今日ふと思ったんだけど、「趣味」っていうカテゴリーって面白いなぁと。
たとえば、ドラマ「時効警察」では、
時効になった事件を趣味で捜査する。
本業、つまりお金をもらっているわけじゃないんで、やってもやらなくてもいいのよ。なのに、好きだからやっちゃうんですね、これが。
で、ここで重要なのが、実はそれは仕事の延長だったりするわけ。仕事なのー、趣味なのー、どっちなのー?という微妙な境界線なわけですよ、これ。
もちろん逆に趣味で広げたり深めた知識は実は仕事で使えるんじゃないのってツッコミはあるのだけど。
(人間、ムダなことはないってことですわーねぇー)
何がいいたいかと言うと・・・やってもやらなくてもいいという緩さが実はすごく大切なんじゃない?ということなのです。
わたしのようなダメ人間はやれっていわれるととたんにやる気を無くすタイプ。(でも仕事ならやるもん。)
でも実はまじめだから、やれって言われていないことを見つけ出してやっちゃうタイプなのよ。だからね、自分のことを「完全なる趣味体質」だなーっと思っちゃったわけなの。
それはね、まぁ、どうでもいいんだけど・・・
結局、最近つくづく思うのはなんだか東京って息苦しくない?細かいルールが沢山ありすぎている感じがする。
自分のポリシーでもないのになぜかルールらしきものを守っていたりしませんか。
たとえば、公園の芝生に入っちゃいけない・・・とか。電車で携帯で話しちゃいけないとか。(いいとはいってません、別に)人に迷惑かけちゃいけない、とか完璧じゃなくちゃいけないんじゃないか・・・みたいなことね。
嘘ついちゃいけないっていうのもあるか。
世の中の常識といわれていることって本当に常識なのかなぁと思うんだよね。みんながやっているんだから、やろう、みたいなのって"いわかん"がある。というか、疲れるんですけど。
わたしもやっているから、まわりもそうして!みたいなやつね。だけどそれって本当に社会を心地よくさせているのだろうか。
みんなね、それに疲れて癒しを求めている気がするのだ。そういう社会ではね、多くの人が狂ってしまうのではないかしら。病んでしまう。
本当はもっとね、「まぁ、いいか」ってことがないとダメだと思うの。思いつめちゃダメ。答えはひとつとは限らないっていつも自分自身に言い聞かせている言葉なのだ。
自分が偏った意見を人に言っているときにハッって気がつく。
やばい、わたし・・・偏った考え方してるよ、今!いま!イマ!
みたいにね。
だからね、実はTOKYOに一番必要なのは、「やってもやらなくてもいいけど好きだからやってしまう、趣味的緩さなのではないかしら」という答えになっちゃいました。アハ。
ほら、趣味ってやっぱり面白いよね?
好きだなぁって、楽しいなぁっていうのって大切じゃない?
ちなみにほんまちゃんの趣味はコレ、ブログですな。おほほ。
2007年07月09日
いつも、何かに向かっていく時はドキドキする
いつも、何かに向かっていく時はドキドキする。
胸が押しつぶされそうになって、きちんとやれるか不安が頭をよぎる。
努力しても、もしかしたら報われないかもしれない・・・と思うこともある。
だけど、やっぱり努力以外はありえない。
どんなに不安でも、やらなければ何も得られない。
何かを得ようと思うならば、今あるものを手放してでもやらなければいけないのだといつも思うし、いままでもそうしてきたつもり。怖くて足がぷるぷる震えちゃうことだって何度もある。
世の中はある意味平等だし、不平等でもある。
考え方しだいでどんな風にも生きられるのかな。
誰に対しても、失敗したり、間違えたりすることには寛大でいたい。
だってわたしは全然完璧じゃないし、目指してすらいない。だけど、いつも改善の余地を探してベストを尽くせたらいいなーと思ってしまう。真剣に取り組んだことは、きちんと自分の身になるんじゃないかしら。うまく行くことも、いかないことも沢山あるけれど、それでもいつもポジティブにいたい。いいところを数えて、のばしていくことで幸せを増やしたい。
時間は限られているから、どうでもいいことはどうでもいいように対処しちゃえーー。優先順位は大切ね。
自分が大切しているものはとことんこだわって、努力して、手にしたいと思う。
ほんまちゃんなんて、本当にどうでもいいほとんどのことやモノに対してはひどいんだから。
えーー、そんなことも知らないの?ってことがよくある。素でオオボケをかましてますよ。あたい。
簡単に手に入れられるものは簡単になくなってしまうけど、努力して手にしたものは、なかなかなくならないし、なくなったとしても次回に活かせると思う。
もしも、ネガティブな考えに自分が支配されそうになったときは、自分だけが不幸だなんて考えないこと。そしてネガティブな方向に妄想を膨らませないこと。不安だと疑り深くなってしまうでしょ。そうじゃないことまで想像して悪く捉えてしまうことがあるから、事実だけを捉えるようにする。そうすると必要以上にネガティブにならないし、誤解も深くならないんじゃないかしら。
何より、自分が幸せでいられるんじゃないのかな。
というわけで、よくほんまちゃんって悩みとかなさそうだよねーとか、全てがうまく行ってるんでしょ、とかって感じの悪い発言をされるのですが、そんなわけないよー。
何もしないのに、幸福がゴロゴロなんてしてるわけないです。してたら教えて。こう見えてもそれなりに大変ですから・・・。でもそれも含めて楽しんではいるかもなぁ。
2007年06月09日
ほんまちゃんの仕事
涙が出るほど感動することって最近ないなーと感じる今日この頃です。ステキな土曜日を過ごしている(と思われる)みなさん、こんばんは。
わたしね、今日しみじみ思ったんだけど、自分の仕事で誰かが幸せになっていると感じる時っていいなぁと思って。
自分がどんなに大変でも、それによって誰かを幸せにすることができているって感じたら苦労なんて吹っ飛んじゃうと思うのね。同じところにいても、人によって感じ方は違うけど、いつもきちんと「幸せ」を感じられる自分でいられたらいいなぁと。
ほんまちゃんの仕事は、きっと誰かを幸せにすることなんだって思うのだ。
それは自分自身も含めて。もちろん、自分だけじゃなくて。
だから、わたしはいつも相手の視点を忘れたくない。自分を客観的に観たり、主観的にみたりを繰り返しながらバランスをとれたらいいなぁと思ってる。
サービスを受けていても、お金を払っていても、相手のことをちゃんとみていたいって思うの。
だって、そういう気持ちって伝わるから。そうする方がわたしも居心地がいいし、楽しい。
お互いにとってハッピーだと思う。
もし自分が引くことでいい結果が得られるのであれば、わたしはいつでも引く。
謝るべきことは謝り、主張すべきところはきちんとする。
でも女性としてのよさは決して捨てないでいよう、と思う。やんわりとしたふんわりとした空気感、ものの言い方とかね。
うまく行くことばかりじゃないけど、うまく行った時はやったーー!って思う。
みんな同じだよね、そういうのは。ねっ?

↑美容のために飲んでいるニチレイのアセロラ。実は赤くて小さいドリンクの方が効く気がしてます。最近肌の調子がいいのはアセロラのおかげかも。むふふ。そしてもうひとつは最近気に入っているハーゲンダッツのドルチェ。わたしは断然クレームブリュレ派。かなり意見が分かれているみたいだし、ブログにも書いている人が沢山いるねぇ。
お仕事をくれる会社や、仕事は自分のスポンサーなんだと思う。応援してくれる人。沢山のものを与えてくれること、もの。貰ったら、貰った分だけ・・・いやそれ以上のものを返したいって思うの。
たぶん、わたしは本当に沢山の人に支えられて、守られてきたから、これからものすごくいろんなものを返していかなきゃだなぁと思うの。だって、おかげでとても豊かでいられるんだもの。
ステキな人がまわりにいてくれることで、どんどんレベルアップしてるの。絶対ステキな人になれるな、って自信がある。影響を受けて生きていくのが人だから、わたしはどんどんいいものを吸収して、どんどんいいものを排出していくわ。Co2は排出しすぎたらチャージがかかるけど、いいものならどんどん排出しても許されるわよね?
インプットして、アウトプットして、自分が空っぽになったら新しいことができるようになるじゃない?それが面白い。変化していく自分が面白い。楽しい。わくわくする。ドキドキもね。
それを元に、自分をクリエイトしていく。
これが究極の遊びだなぁと。
人生を終えるまで永遠に続く遊び。
趣味「試行錯誤」・・・どうかなぁ。ふふふ。
楽で簡単でワリのいいことは実は将来がないと思う。
本気で取り組んでいたり、本気の気持ちってすぐ伝わると思う。疲れるけど、本気ってすごく好きなの。
だから実はほんまちゃんはいつも疲れているのかも。(笑)
でもそれは楽しいってことと同じだから、幸せなことなんだと思う。
・・・ほんまちゃんってやっぱりちょっとめんどくさい生き物だわ。とほほ。
2007年04月30日
恋するホンマニア

ある日、ぽっかりと時間が空くと、どうしたらホンマニアを魅力的に見せることができるかを考えてみる。
わたしはいつも、このブログに人格を、キャラクターを与えてあげたいと思う。
それはほんまちゃんとは別のものだし、そうだな、きっともうひとりの自分の分身を作るってことなのかも。
このブログを見てくれる人ってどんな人だろう?どんな時にみるだろう・・・と、想像してみる。
○仕事で疲れきった夜に。
○なんとなく清清しい一日のはじまりに。
○おやつのミルクティーとクッキーとともに。
○なんとなく、たどり着いた時に。
これを見たらちょっと元気が出たり、自分以外のふつうな毎日を観察できたら楽しいんじゃないか、と書き始めた。自分がみたいものを書いてみよう。その気持ちがスタートなのだ。
ちょっとした知り合いが「あれっ、ほんまちゃん今なにしてるんだろう?」的な感じで覗けるところね。
みてくれる人はどんなシチュエーションにあって、こんな記事をよんだらどう思うんだろうとか。
とにかくそんなもわわーんとしたことを考えてみる。
そして今度は何も考えないで記事を書いてみたりする。
そういう試行錯誤がとにかく楽しい。
思い付きをどんどん試せる。
わくわくする。ドキドキする。自由だーと感じる。
自分の中の強さも弱さも、まじめなところも不良なところも。
その全てを、ひとりの人間の複雑で単純なところを描き出せたらいいのに。
ほんまちゃんが狙っているのは、いつもちょっとした悪巧みをもっている女性。
まじめだけじゃつまんないし、綺麗なだけじゃだめ。
たぶん恋してるときみたいに、ふわふわしたり、ドキドキしたり、ちぇって思ったり。
すごく沢山の感情を生み出すときって楽しいじゃない?そういうのを表現したい。
いつもいつもいつも。
ちいさなサプライズをいっぱい持っていたい。
難しいことはよくわかんないけど、たぶんそれがブランディングなんだと思う。
ホンマニアというブランド。
どんどん変化して、なんだか目が離せないっていう存在。
でも全然特別じゃない。
ただ、まっすぐに前を向いてチャレンジしているだけ。
誤解されてもいい。間違えたっていい。
でも常に前向きで、成長し続ける。本当に自分にとって大切なものを知っている。世の中に流されない。
そういう人にしたい。
ホンマニアはそういう人になれたらいいな。
よくわかんないんだけど気になる、みたいな。
全部はまだ教えてあげないよーん、的な感じね。うふふ。
2007年04月05日
ふつうのオンナノコという位置
ふつうのオンナノコという地位はとても気に入っている。
何をしていてもほんまちゃんだし、それは昔も今も全然変わらないことのひとつ。
年を重ねても、経験を重ねても、わたしはいつもふつうのオンナノコなのだ。
だからキャンディーズみたいに「ふつうのオンナノコに戻る」必要もないし、いつもそのまま。
大勢の中のひとりでもあるし、唯一無二のほんまちゃんでもある。そんなバランスが心地いい。
でもほんとは、ふつうってよくわかんない。
でももっと、ほんまちゃんがよく分からない。
というわけで「ほんまちゃんって不思議だね」といわれるとそれも当然だわ、と思う。
自分でもわからないのに、誰かがわかるはずなんてない。
でもわからないってことはワクワクすること。
どんな風にでも変化できるから、楽しい。そういうときが実はいちばん好き。
わたしはいつも、わからないことを探しているし、いつもわからない何かにチャレンジしている。
そういう生き方なのだ。エンドレスリピート。でも全部自分の身になる。
どんどんいいオンナになっていっちゃうな。ウヒヒヒヒ・・・。(笑)
期待されないのはつまらないし、期待されすぎても、疲れる。
なんてわがままなんだろう?と思うけど本当のこと。
ほんまちゃんフィルターを通して、ちょっぴりユニークな答えを目指すようにしている。
だけど、いつもしていることは同じ。
ひたむきに、自分がいいと思う方法で、一生懸命やる。
そして何事もフェアであること。
意味なんてないかもしれないけど、自分のためにそうしたいから、してる。
だからやっぱり「ふつうのオンナノコ」がとても居心地がいい。
というわけで、ほんまちゃんがめざすのはかなり魅力的な「ふつうのオンナノコ」。
ね?ちょっと楽しそうでしょう?
2007年03月06日
センス
わたしは何か夢中になれるものを探しているのかもしれない。
仕事?愛する人?運命な何か?
それは何だろう?
最近つよく、強く、そう思うようになってきた。
わたしはそう思わない限り、何も手にすることができない性格なの。
でも決めたら早い。すぐに手を打つ。
いいと思ったら、とことんやる。
まっすぐ、自分にとっての本質を見抜きたいと思う。
好きだからやっているのでちっとも嫌じゃない。でもその代わり好きじゃないことは上手くできない。
だからこそ、本当に欲しいものだけを手にすることができるんじゃない?
ある人は言ってくれた。
ちょっぴり、嬉しかった。
いつもいいものだけをきちんと選んで、自分自身に与え続けていたいな。
だから手にしたものは、本当に本当に大切にする。
ここ数年でわかったこと。
センスというものが人間にとってものすごく大切であるということと、すばらしいモノを創るためには、すばらしい人格でなければならないということ。
そして学び続けていかなければいけない。今何を知っているかではなく、常に学習していくこと。ただ楽な方に流れていかないこと。
人は日々何を考えるかで変化する。
だから誰にでもチャンスがあると思う。
本当にすごいのは、そのものを長く持ち続けることができるかどうか、ではないかしら。
若いだけで、美しいだけで得をするのは短い時間だけ。
どれだけ長く美しくいられるか。
美しく歳を重ねることはとてつもなく大変なこと。
わたしは本当に幸運だと思う。自分でも認める。
すてきな人に恵まれて、チャンスも沢山手にしてきた。
普通ならできないような経験もしている。
実力なんてない。運だと思う。生まれながらにして強運である。
だけど、じゃあそれでいいんじゃない?ということはない。
どんな環境にいても、そこで自分は何ができるか、を考えていたい。
そしてベストを尽くす。
変化していく自分をコントロールしつつセンスを磨く。
そしてダメな自分を認める。
いらないものを捨てる。
今年はムダなものを捨てていこうと決めた。
正確に言うと欲しいものを選ぼう、と。
去年は選択肢を広げることを目指してたけど、今度は広げたものをぎゅうっと絞るつもり。
いつか自分だけのセンスを持って、小さくてもステキなホンマニアワールドを生み出したいと願う。
ひとりでも多くの人がそんな私の変化を感じられますように。
ステキな影響をプレゼントできたら嬉しいかな。
2007年02月27日
TOKYO

今日、ふと大きなガラスの壁ごしに空を見上げると、恐ろしく綺麗な風景をみつけた。
雲の隙間から光がこぼれるのを、なんというのだったっけ?
とにかく、すごく綺麗で、感激してしまった。
TOKYOは本当に不思議な街だと思う。
世界中を旅してきたけれど、こんな風景はまずない。
隙間がないほどびっちりと建てられたビルたち。
まっすぐに伸びた道。
それがはるか遠くまで続いていて、とにかく美しい。
わたしの街だ、home townだ、と思う。
昨日気がついたのだけど、今わたしはTOKYOを旅しているんだ。それまでわたしにとってのTOKYOは住む場所で、旅をする場所ではなかった。生まれてからずーと、この街以外に暮らしたことがない私にとって、TOKYOは暮らす場所だったのだ、と。
なんだかそれが分かってから、楽しくて仕方がない。
道を歩いていてつい微笑んでしまう。
TOKYOを旅して1週間が過ぎた。
早速、こんなことが見つかったよ。
2007年01月17日
いいな、信じるってステキじゃない?

↑ケイタイのオニュゥカメラで撮った写真だよー。デビュゥ。
わたしは、信じるという言葉がとても好き。
自信のなさや不安から信じることができない時って誰にでもあると思う。だけど、本当にすごい人、強い人というのは信じることが出来る人。他人に対しても、自分に対しても。
そう簡単に出来ることじゃないし、難しい。こんなにシンプルなことなのにね。
もしも、信じた結果が裏切りだとしたら?
それでも信じることをやめて、自分の中にマイナスの要素を貯め続けるよりはいい。少なくとも自分自身にとってはね。信じることが最善の方法だと思うよ。
ヘンに大人ぶって格好つけたり、嘘ついたりしちゃダメ。
わたしはそう思ってる。そんなことしたって意味ない。
大切なのは自分がどうしたいか。結果であり、成長だと思う。自分が望む最高の結果を得るために努力すべきじゃないのかな。
誰かを妬んだり、うらんだりしても意味ない。
いらないものはきっぱりと捨てるべし。
そして深刻になりすぎず、ユーモアを持つのだ。ウヒヒ。
逆に言うと、信じ切れなかったものは自分には必要のないものなんだと思う。
簡単にあきらめられないこと、信じ切れるものこそが自分にふさわしいものってことじゃない?
失ったものを悔やむよりも、すでに得た何かを守るよりも、いつも前を向いて信じられるものを探し続けるのがステキだと思うから。
わたしは大切なものが全て手に入らなくてもいいんだよね。
それよりも大切な誰かやそのモノが幸せでいてくれたり、それにふさわしい場所にいたほうが幸せだと思う。失敗しても、成長した自分が残ればいんじゃないかな、と。
欲しいものを手に入れるためにヘンな駆け引きをしたりしない。もちろん計算はするけど、それは駆け引きのための計算じゃない。物事をうまく進めるための計算。
自分だけが得する計算なんてしない。
そんなの意味ない。一時的にはよかったとしても、全然いいことなんてないよ。
基本的にそう思っているのだ。どんなことに対しても。
わたしは大切なものがなかなか見つからないタイプだから、こう思うのかもしれないね。
こんなことばっかり言っているからダメなのかもしれない・・・。
だけど、自分が好きなものに対しては絶対妥協しない。これは自信がある。
今の自分を創っているのは、ヒットミーや大切な友達や家族や今までの彼や環境や自分の好きなものたちだったりするから。
それらを裏切りたくないの。期待に答えたい。
自分のことを信じて成長させてくれた人たちにちゃんとお返ししたい。何もできないかもしれないけど、何かしたい。いつも、いつも、いつも。
だから、もっとどんどん成長しなくちゃ。去年と今年と比べたら数倍くらいの勢いで成長してるよ。たぶん。(笑) 久しぶりに逢ったらびっくりした・・・と言われたいものだね。
そうすることで周りの人も幸せにできる気がするから。
誰かに影響を与えようなんて全然思っていないけど、死ぬまでにもしもそんな人がいてくれたらステキだなぁって。
自分も案外捨てたもんじゃなかったかも、なんて思えるかな。
何よりも、自分を信じたいんだと思う。
生まれてからずっと。
2007年01月03日
2007年のスロォゥガン!

↑生まれて初めて抽象画らしきものをつくってみた。ホンマニアのイメージで。というわけで、今年の年賀状はこんな感じです。同じではないけど、かなり近いです。
今年は信じることからはじめる。
もっともっと、自分自身を信じてみる。
可能性を信じてみる。
そしてただまっすぐに、迷いなく好きでやっていることです、と言える何かを見つけたい。
それは本当に幸せですごいことだと思うから。
他の誰かからみてすごくなくていいし、結果を求めて計算できるような人にならなくていいと思う。
今ちゃんと失敗したり、今ちゃんと迷ったり、悩んだりすることを大切にしてこれからの財産にしたいな。
誤解されても、苦しくなっても、逆にとても幸福だったとしても。
調子づいたりせず、謙虚に、まっすぐに。
とにかく、やってみる。
がんばろう、わたし。
2006年12月17日
すてきな人でいること
気がつけば、12月も折り返してました。はやいよーー。
マイペース、マイペース、ヤッホーッヤッホー♪!
いつもいつも、そのままの自分でいることが大切だと思う。
楽しむこと、自分にとって心地いいことを常にしていたい。
自分をうまく育てていかなきゃという気持ちが強かったりするのね。
ステキな人たちからいっぱい刺激をもらって、いろんなことを発見したりして、成長したいの。違うことも同じこともきちんと理解したいし、吸収したい。
すんごいずうずうしいのだけど、私は自分の可能性を信じているし、これからもすごい勢いで成長し続けていくと思う。
そうしなければ、という強い気持ちもちょっとあるし。でも謙虚でいたい。いつでも謙虚に潔い自分でいられたら、いいな。
今年はものすごく成長できたかな。去年よりもずーと成長できた。苦労も沢山しているけど、でもすごい勢いで成長している感じがする。だから、いい一年かな。もちろん、失敗したことも後悔したり、反省したりすることは沢山あるんだけど、それがあるからこそ成長できたの。そう思えば、どんどん失敗したり反省したりできればいいと思う。っていうか今も試行錯誤の連続ですけどね。
毎日、悩むことも疲れることも沢山あるけれど、それでもいつでもまっすぐな自分でいられるようにと願う。
誰かのせいにはしたくない。自分が生きているのは自分の責任でいたいのだ。
自分の価値感で、自分を納得させたいの。
自分が自分を好きでいられるためにならなんでもするつもり。
ちょっとくらいいびつでも、損したってかまわないの。
とにかく、自分がステキだなってことを積み重ねる。こういうひとになりたいっていうのを真似する。それで自分はやっとすてきな人になれるのだと思うんだもん。
こんなの当たり前って思うかもしれないけどね、そういう当たり前のことをきちんとやるのがどれだけ難しいか。それを深く感じているの。
まだわかんないことが沢山ある。
沢山あるから、嬉しい。ドキドキするし、がんばりたいって思うし、努力できるのかな。
豊かで、余裕のある、沢山の人にシアワセを感じてもらえるような格好いい大人になりたいの!
で、沢山の人に助けてもらえるような、そんな人でもいたいと思う。これはすでにクリアしてるけど続けるのが難しいのよね。
みんな、これからもよろしくね。
2006年12月09日
出逢い続けること=成長していくこと
先日、友人からとても興味深い本を頂いたのダ。
その本の冒頭には「旅とは新しい世界と出会い、その意味を考え、答えを探しながらまた次の出会いに向かっていく。学校そのものである」と書かれていた。
創造の旅。
生きることは旅を続けることだとわたしも長い間思ってきたので、とても勇気付けられた。
なんだか、じーんとした。あったかい。
やっぱり個性的な人の考えや話を聞いたり、読んだりするのは面白い。知らないことを知るのは楽しい。
自分がちっぽけな存在であることがわかるし、いつもとは違う視点を学ぶことで世界が広がっていく。
なんてわくわくするのだろう。このわくわく感を一生持ち続けていたいと願う。
新しいものとの出逢い。ステキ。
でもそれ以上に、友人が私のためにこの本をプレゼントしてくれたことが、単純に嬉しかった。
そして別の友人もまた、ステキなコンパスをプレゼントしてくれた。旅に出た時に迷わないように。人生に迷わないように、なのかな。
本当に嬉しかった。
わたしは誰かにプレゼントを選ぶのが好き。
そして頂くのもとても好き。なんだかちょっと照れちゃうけど、何気ないものをたびたびプレゼントしてくれるのが好き。たとえば、父が持って帰ってくるお寿司のおみやも好きだし、チョコレートやケーキなんかを頂くのも好き。逆にわたしはよく花を贈る。花束を選ぶのが好き。それから、ワインやシャンパーニュをプレゼントするのが好き。たまにはガチャガチャやおまけつきのお菓子なんてこともある。カードを書くのも好き。
世の中にはすごい数の人がいて、偶然か必然なのかはわからないけれど、出逢う。もしかしたらそれは親子かもしれないし、友人かもしれないし、恋人かもしれない。はたまた双子なんてこともアリね。運命じゃない人もいるかも。
でも沢山の人と話をすることで、違う意見と視点と出逢う。そして自分が変わっていく。
私が今までに出会ってきた人はとても才能があり、人間としてすばらしい人が沢山いて、だからこそ今の私があるのだと思う。わたしは本当にツイている。そうじゃなかったらうまく説明がつかない!
わたしがしているのは、ステキな人たちからもらった何かを誰かに伝えていく。ただそれだけなんだと思う。
私はひどく臆病だけど、それでもたくさんの失敗を乗り越えて、きちんと成長していきたい。
だから、旅を続けるし、人と出逢い続ける。
やっぱりそれしかないじゃない、と思ったりする。
2006年12月03日
愛されるということ
今、スマステーションをたまたま見ていたら、木村拓哉特集が流れてきた。
超一流のひとたちが彼を絶賛している。
きっと、彼を嫌いな人はいないんじゃないか・・・。
そう思うのに十分な人だと思う。
武士の一分、間違いなくヒットさせる。そういう気合を感じる今日この頃です。
何十年間もトップにいる人。
器用な人。
きめ細かい人。
恐ろしくバランスがいい。
愛される理由のある人だと、私は思う。
(そうでなければ、10年もトップを走るのなんてムリ。やっぱり彼は今でもトップスターだよね)
一方、自分はどうだろう・・・なんて考えてみた。
わたしは誰かをシアワセにすることが出来るのだろうか、なーんて想像してみる。
全然自信ないな。
いつもいつも、周りの人に助けてもらってばかり。
誰かを傷つけてばかりいる気がする。無意識のうちに。
でもいつか、わたしだって沢山の人にあったかい、シアワセな気持ちをプレゼントできるようなひとになりたいって思う。まっすぐに、そう願う。
だから、いつも暖かく私を見守ってくれてるみなさん、いつか恩返しができるようにがんばるね。
それまで気長に待っていてね。
つーか、いつも同じことばっかり言っていてじぇんじぇん進化していなくてお恥ずかしいです。気持ちだけは、やる気だけはいつもあるってことで・・・。うふ?
2006年11月24日
エビちゃん系可愛い女子観察記録とお願い
ますます寒い東京になってまいりました。あっという間に12月です。あっ、ほんまちゃんです。
最近、日に日に可愛いエビちゃん(ほんまちゃん注;女性誌CamCamのカリスマモデル、マックのエビバーガーのCMしてます)系女子が増えている気がいたします。
都心では道を歩いていても、スタバでお茶していても、「かわいいー系女子」がガンガンみつかります。メイクもファッションも完璧です。
特にクリスマスが近いからなのか、男前系のほんまちゃんには恐怖の季節がやってきました。ヒィィィ。
でも、やっぱりかわいい子はいいですよね。美女も。美しいものは女子から見ても本当にステキです。気分はすっかりオヤジ!思わず道を歩いているステキ女子には「かわいいっすね!」と心の中で賛辞の言葉を惜しみなく送りたいと思います。パチパチパチ。
女の子は褒められるともっともっと可愛くなります。というわけで、ほんまちゃんが提案したいのは、もっとかわいいを声に出してみよう!計画でございます。おおおっーー。
別にですね、その人のことが好きでなくても「かわいい」はいうべきです。それだけで世の中の女の子をどれだけシアワセにできることか!彼女達は日々ものすごい努力をしているわけですよ。そりゃもちろん楽しみながらなんですけど、でもすごく前向きに美しくあろうとしているし、仕事もがんばってくれています。ほら、隣でものすごく真剣な顔して書類を作ってくれている同僚がいませんか?あなた宛の電話を取ってくれているのは誰でしょう?彼女達はとても優秀な上にがんばりやさんなんです。これはですね、完璧に日本国の宝であると思うわけです。
でも嘘はいけません。相手のいいところを見つけて褒めるのが大切ですからね!そして、ほめ上手デビューをしてみてはいかがでしょうか。自分が何かうまく行った時にも一歩ひいて、自分のことをサポートしてくれた周りの人に「ありがとう」と自然にポロッというと、あなたの高感度はかなりUPすると思われます。
私が観察したところによると、ステキ女子は自然とこういったことが出来るのに、男子においてはこの実行率がやや低めであると思われます。もちろん、高倉健のように渋さを売りにしたい方にはお勧めできませんが、それでもこれができるとポイント高いですよーー。
そして、これまたよく言われるのですがエレベーターで開くボタンを押しつつ、扉を手で押さえて「どうぞ」と女性を先に降ろしてあげる。これもかなりポイントが高いと思われます。よくガールズトークで話題になりますから。これもあくまでもさりげなくないといけないのですが、意外と簡単に出来ることなので、少しずつ練習していって、まわりの女の子を少しでもシアワセにしてあげていただきたいと思うわけであります。
そんなわけで、今年の最後の目標として、わたしと、そしてわたしのまわりのお友達をシアワセにしてあげていただきたいな、と切に願うほんまでございます。
2006年11月16日
未来

いつも未来と現在を見つめながら、生きて行こう。
最近、強く感じていること。それはこのヒトコトが表しているように思う。
もちろん過去は、現在や未来への根拠にはなるけれど、でも過去を一番大切にして生きていくことは私にはできないし、それを良しとしないのがほんま流なのだと思う。
私の持っている過去は本当に大切で、そして幸運、幸福に包まれているけれど。そんなものにしがみついたら終わりだ。
正解はひとつじゃない。
でも自分だけの答えはひとつだと思う。
結局、自分の人生で選択できるのはたったひとつだと思うから。
どんなに選択肢を持っていたとしても、何を選ぶかはひとつ。そういう意味ではみんな平等。
選択肢が1つだろうが、100だろうが選べるのはたったひとつ。
いつかこれだ、という答えが見つかるのかな・・・。
その時、私はどんな答えを選ぶんだろうか・・・最近はそんなことばかり考えている。
そして、どんな答えを選んでも大丈夫、と思ったりする。
根拠はないんだけど。
いろいろな人が私のことを評価してくださったり、アドバイスをして下さったりする。本当にありがたい。
そのひとつひとつを真に受けて、大切に、よーく考えて、自分フィルターを通して、取り入れさせてもらっている。今までもそうしてきたし、これからもそうすると思う。
自分のルールを持ちながらも、素直にアドバイスを受け入れて、行動していく。品性を失うようなことは絶対にしないし、本質をきちんと見つけ出せる人になりたい。
誰かに誤解されても、自分が自分さえ信じていれば、大丈夫だと思う。
私は嘘はつかないし、思ってはいないことを口に出すことはしない。でもだからといって、わたしの全てをこのブログに書いているわけじゃない。自分が伝えたいことがきちんと伝えられているかは常に不安。いつも考えているし、悩んでる。
そしてそれこそに価値があるんだと思ってる。こういう行為ってすごい成長できるから。
コツコツ積み上げてきたものだけがすばらしいとは思わない。
でも、コツコツ積み上げてきたものの中にすごいものがあるのは確かだよね。
すごいものはすごいし、それがわかる人でいたいと思う。
そしてそういう人でいたいと思うことは、常にいろいろなものの違いを感じていないといけないし、考えていなければいけないと思う。
先日、何でもとても的確に表現する友人が私のことを形容してくれて、その表現が本当でありますようにと思っているところ。
お世辞だったら泣くよ。本気で。Σ(´Д`;)
とにかく、これからもそんな人に向かって、一歩一歩がんばります。
2006年10月31日
自分の王様は自分!
たぶん、世の中にはたくさんの人がいて、そのひとりひとりがいろんなことを考えているのだと思う。
そしてきっと正解なんてなくて、不安でいっぱいで、希望に胸を弾ませて、毎日生きているんだろうって。
わたしも不満や反省や自分のいやな部分を発見して、立ち直れないかも・・・と思うことだってあるし、何もしたくない日だってある。
で、そういう時は何もしない。
したくないことはしないし、自分に正直に生きることにしてる。
いつからか、そんな風に決めてからは随分と楽になったし、幸せになったと思う。
要は自分しだい。
なにげなくしている選択を、意識してみる。
ただそれだけのことで世界はこんなに変わる。
それを今、実感しているのだ。
世の中のルールじゃなくて、自分の中のルールに従う。
だって、自分の王様は自分しかいないんだし。
第一、自分が信じている世の中のルールなんて世界じゃ全然通用しないんだよ。
それを知るために、世界を旅すべきだと思う。
かわいい子には旅をさせろ。
その通り!
経験がその人をつくる。
だから、王様はかわいい子には旅をさせなくちゃいけないの。
自分自身を教育して、育てることがどれほど大切なことか。
誰にもできないことをする。
誰かが決めたルールで戦うには飛びぬけた才能や環境や運が必要。
もしも、それを持っていなかったら?
・・・そこで戦ってはいけない。
これが私の今のところの答え。
社会が押し付けてくるルールにかじりつく意味ないんじゃないかな。
というか、そこで戦うのは不利だと思わない?
エネルギーを使うのはもったいない。
たとえば、ほんまちゃんは女の子で、学歴もない。頭もよくない。顔もスタイルも・・・。
天才じゃない。
世界に名だたる超有名企業で出世して社長になれる可能性はどのくらいだと思う?
ほぼ、ゼロでしょ。
もし仮にそれができたとしても、その努力を違う方向に向けたほうがもっと大きなリターンを得られると思わない?
だから、答えはそのルールでは戦わない。
違う方法を探る。
そうなるの。
試行錯誤。
なんて刺激的!わくわくすると思わない?
うまくいかないことを見つける。それを変えたいと思う。
そしたら、必死に考える。それが楽しいの。
自分の表現の仕方が、説明がもっとこうだったら・・・。
できることはたくさんある。
今ある状況を生かすにはどうしたらいい?
いいほうに捕らえたい。
捕らえられる自分でいたい、と思う。
だからわたしはバカでよかった。できるフリもする必要がないし、なんでも聞くことができる。
それはものすごく有利なことだと思う。あきれられても、うまくいかなくても全然かまわない。
そのぶん成長できるってことだもの。すごいスピードで。
女性であることで、その余地は最大限に広がっているもの。
自分が生まれてきて、生きているからには、自分にあった方法を見つけて、社会の役に立ちたい。
そうすることが最大限に社会に貢献するということにつながるのではないかしら。
ずるをして生きていかなくても、自分の信念に基づいて生きていけば、自殺なんてしなくて済むのよ。
履修不足の責任の取り方が自殺なの?
わたしにはまったく理解できない。
そんなことで死ぬ必要なんて全然ないのに。
そもそも、死ぬことで解決されることなんて何もないのに。
責任も取っていないし、余計迷惑よ。
甘えてるんじゃない?
わたしは厳しいといわれるかもしれないけど、本当にそう思う。
物事にはいろいろな見方がある。間違いもある。失敗なんて毎日繰り返す。
誰かに自分のことを知ってもらいたいとはもちろん思うけど、
でも、100パーセント理解されるのは無理よね。
だって違う人間なんだもん。
だから、わたしは人のことを100パー理解できるとは思わないし、そのことで絶望したりしない。
悩むかもしれないけど、絶望はしない。
それよりも違うことを楽しみたい。
いろんな人がいて、いろんな人のことを知りたいと思う。
素敵な部分を自分に生かす。
自分のよさを伸ばす。信じる。
そういう、心にいいことだけを選んで、時には試練を与えて、生きていけたらいいのにって思う。
そういうのが最高に格好いいと思う。
2006年10月09日
ちょっとだけ、欠陥なほうが幸せかもね。
たぶん、わたしはちょっと欠陥なヒトだと思う。
・・・なんでこんなこと書いているんだろ。(自分ツッコミ?)
いろいろと考えすぎてしまうことも、なんとなくものごとを予測できてしまうことも、すてきな友達をみつけられることも、いつもそのままでいることも、誰かを幸せにするのが好きなことも、嘘がつけないことも、素直な自分でいたいと思うことも、いつも失敗ばかりでひどく落ち込むのだけど、でもそれは怖くない(怖いけど乗り越えられる)ことも、自分のことを表現するのが下手なのも、不器用なのも、全ては何かが足りないせいかも知れない。
足りないから、新しいものを見つけるためにがんばる。
足りないから、素敵な友人に囲まれている。そして、いいところを吸収させてもらっている。
足りないから、考える。悩む。でも、悩めるってことは幸せなことなんじゃないか、と思う。
自分の前には常に選択肢があって、2つ、3つ、時には10の中から選べる。
選べるから、悩む。
生きることの心配がないから悩んでいられるのかな、と思う。
昔は選択肢が今よりもずーと少なくて、悩むことも少なかったかもしれないなぁとなんとなく、思う。
だけど私は、悩んだとしても今の、この場所から離れたいとは思わない。
これと同様に海外はとても好きなんだけれど、日本を離れようとは思わない。
今いるところが私の居場所だと思うから、そこで自分らしくがんばるだけだ。精一杯やるだけ。
海外はつねに休息の場所で、新しい自分をみつけることができる場所だと思う。
環境はヒトを創ると思うから。変わりたいときには、海外へ行く。行きたいと思うときに行く。
それがわたしのポリシーなのだ。
お金をうまく遣うことで、もっと効率よく稼ぐことが出来るようになるし、経験を積むことでもまた、成長できる。悩むことで、新しいことが分かるようになる。
すべてはうまく回っていると思う。この世のものはすべて循環しているのかな。
ひとりになることで、誰かと一緒に、家族と一緒にいることの大切さに気がつけるかもしれない。そして、ひとりでいることの大切さも。
そう考えると、欠陥人間も悪くないかな、と思う。
いつでも、成長の余地が残されている。
いつでも、何かがうまくなっている。
よくなるというのは、嬉しいこと。幸せなことだと思う。
でもいつかは、今よりもずっと素敵なヒトになって、自分の周りにいるヒトをもっともっと幸せにできたらいいなぁと思ってるのでした。
