あたまのナカミ: 2006年10月アーカイブ
自分の王様は自分!
たぶん、世の中にはたくさんの人がいて、そのひとりひとりがいろんなことを考えているのだと思う。
そしてきっと正解なんてなくて、不安でいっぱいで、希望に胸を弾ませて、毎日生きているんだろうって。
わたしも不満や反省や自分のいやな部分を発見して、立ち直れないかも・・・と思うことだってあるし、何もしたくない日だってある。
で、そういう時は何もしない。
したくないことはしないし、自分に正直に生きることにしてる。
いつからか、そんな風に決めてからは随分と楽になったし、幸せになったと思う。
要は自分しだい。
なにげなくしている選択を、意識してみる。
ただそれだけのことで世界はこんなに変わる。
それを今、実感しているのだ。
世の中のルールじゃなくて、自分の中のルールに従う。
だって、自分の王様は自分しかいないんだし。
第一、自分が信じている世の中のルールなんて世界じゃ全然通用しないんだよ。
それを知るために、世界を旅すべきだと思う。
かわいい子には旅をさせろ。
その通り!
経験がその人をつくる。
だから、王様はかわいい子には旅をさせなくちゃいけないの。
自分自身を教育して、育てることがどれほど大切なことか。
誰にもできないことをする。
誰かが決めたルールで戦うには飛びぬけた才能や環境や運が必要。
もしも、それを持っていなかったら?
・・・そこで戦ってはいけない。
これが私の今のところの答え。
社会が押し付けてくるルールにかじりつく意味ないんじゃないかな。
というか、そこで戦うのは不利だと思わない?
エネルギーを使うのはもったいない。
たとえば、ほんまちゃんは女の子で、学歴もない。頭もよくない。顔もスタイルも・・・。
天才じゃない。
世界に名だたる超有名企業で出世して社長になれる可能性はどのくらいだと思う?
ほぼ、ゼロでしょ。
もし仮にそれができたとしても、その努力を違う方向に向けたほうがもっと大きなリターンを得られると思わない?
だから、答えはそのルールでは戦わない。
違う方法を探る。
そうなるの。
試行錯誤。
なんて刺激的!わくわくすると思わない?
うまくいかないことを見つける。それを変えたいと思う。
そしたら、必死に考える。それが楽しいの。
自分の表現の仕方が、説明がもっとこうだったら・・・。
できることはたくさんある。
今ある状況を生かすにはどうしたらいい?
いいほうに捕らえたい。
捕らえられる自分でいたい、と思う。
だからわたしはバカでよかった。できるフリもする必要がないし、なんでも聞くことができる。
それはものすごく有利なことだと思う。あきれられても、うまくいかなくても全然かまわない。
そのぶん成長できるってことだもの。すごいスピードで。
女性であることで、その余地は最大限に広がっているもの。
自分が生まれてきて、生きているからには、自分にあった方法を見つけて、社会の役に立ちたい。
そうすることが最大限に社会に貢献するということにつながるのではないかしら。
ずるをして生きていかなくても、自分の信念に基づいて生きていけば、自殺なんてしなくて済むのよ。
履修不足の責任の取り方が自殺なの?
わたしにはまったく理解できない。
そんなことで死ぬ必要なんて全然ないのに。
そもそも、死ぬことで解決されることなんて何もないのに。
責任も取っていないし、余計迷惑よ。
甘えてるんじゃない?
わたしは厳しいといわれるかもしれないけど、本当にそう思う。
物事にはいろいろな見方がある。間違いもある。失敗なんて毎日繰り返す。
誰かに自分のことを知ってもらいたいとはもちろん思うけど、
でも、100パーセント理解されるのは無理よね。
だって違う人間なんだもん。
だから、わたしは人のことを100パー理解できるとは思わないし、そのことで絶望したりしない。
悩むかもしれないけど、絶望はしない。
それよりも違うことを楽しみたい。
いろんな人がいて、いろんな人のことを知りたいと思う。
素敵な部分を自分に生かす。
自分のよさを伸ばす。信じる。
そういう、心にいいことだけを選んで、時には試練を与えて、生きていけたらいいのにって思う。
そういうのが最高に格好いいと思う。
ちょっとだけ、欠陥なほうが幸せかもね。
たぶん、わたしはちょっと欠陥なヒトだと思う。
・・・なんでこんなこと書いているんだろ。(自分ツッコミ?)
いろいろと考えすぎてしまうことも、なんとなくものごとを予測できてしまうことも、すてきな友達をみつけられることも、いつもそのままでいることも、誰かを幸せにするのが好きなことも、嘘がつけないことも、素直な自分でいたいと思うことも、いつも失敗ばかりでひどく落ち込むのだけど、でもそれは怖くない(怖いけど乗り越えられる)ことも、自分のことを表現するのが下手なのも、不器用なのも、全ては何かが足りないせいかも知れない。
足りないから、新しいものを見つけるためにがんばる。
足りないから、素敵な友人に囲まれている。そして、いいところを吸収させてもらっている。
足りないから、考える。悩む。でも、悩めるってことは幸せなことなんじゃないか、と思う。
自分の前には常に選択肢があって、2つ、3つ、時には10の中から選べる。
選べるから、悩む。
生きることの心配がないから悩んでいられるのかな、と思う。
昔は選択肢が今よりもずーと少なくて、悩むことも少なかったかもしれないなぁとなんとなく、思う。
だけど私は、悩んだとしても今の、この場所から離れたいとは思わない。
これと同様に海外はとても好きなんだけれど、日本を離れようとは思わない。
今いるところが私の居場所だと思うから、そこで自分らしくがんばるだけだ。精一杯やるだけ。
海外はつねに休息の場所で、新しい自分をみつけることができる場所だと思う。
環境はヒトを創ると思うから。変わりたいときには、海外へ行く。行きたいと思うときに行く。
それがわたしのポリシーなのだ。
お金をうまく遣うことで、もっと効率よく稼ぐことが出来るようになるし、経験を積むことでもまた、成長できる。悩むことで、新しいことが分かるようになる。
すべてはうまく回っていると思う。この世のものはすべて循環しているのかな。
ひとりになることで、誰かと一緒に、家族と一緒にいることの大切さに気がつけるかもしれない。そして、ひとりでいることの大切さも。
そう考えると、欠陥人間も悪くないかな、と思う。
いつでも、成長の余地が残されている。
いつでも、何かがうまくなっている。
よくなるというのは、嬉しいこと。幸せなことだと思う。
でもいつかは、今よりもずっと素敵なヒトになって、自分の周りにいるヒトをもっともっと幸せにできたらいいなぁと思ってるのでした。
白と黒の攻防
いよいよ10月になってしまった。
なんだか本当に毎日あっという間に過ぎていく。
ブログをつけていると、自分の生活の記録が積み上げられていくという感覚が当たり前になる。
どんどん、すごい勢いで失われていく毎日の記録をブログで補う。
見たいときに引っ張り出すこともできるし、逆に何かしなくては、という半ば強引な恐怖感をも与えてくれる。
毎日色々なところに出かけていって、いろんなことをしているけど、それでも満たされない何かがある。
何が欲しいのかがわかんない。自分でも。
本来のわたしはものすごい怠け者だし、ほんとに仕方のない人なのよ。
よく人からはアグレッシブ、だなんていわれるけど、それはなんだか全然しっくりこない。
もしかして、みんなは私が考えているよりも、引きこもりなの?何もしてない?
・・・また失礼な発言をしてしまった。誤解を与えるな、これ。(笑) 当分、夜道を一人で歩くのはやめよう。
いつからかは覚えていないけれど、たぶん、物心ついた時から、世の中の理不尽さに何度も落胆させられた。道徳を、マナーを、世の中のルールを覚えていけばいくほど、その矛盾に押しつぶされていく。
世の中が自分に押し付けていく何かにしたがってはいけない気がしている。今も。
表面的に見えているものをまずは疑うくせがついてしまった・・。
でもその一方で、誰かを、何かを深く信じたいと思う自分もいる。
誰かに逢いたかったり、誰にも逢いたくなかったり、そういう起伏があるんだよね、わたしって。
自分のことをものすごく素直に感じるときも、ものすごく意地悪ないやなやつだと感じることもある。
大人だと思いながら、子供の部分を発見したりする。
そういう白と黒の攻防に戸惑いながらも、生きているような気がして仕方ない。
最近、親友が腹グレー(腹黒くはないが、ちょっとその要素を含むの意)という言葉を使っていて、とてもいいなぁと思った。たしかにわたしは答えを求めすぎる傾向がある。
もっと穏やかに、流されるのもいいのかもしれない。
出来るかどうかは別にして。
ものごとは難しいようで簡単で難しい。なくなくない?である。
発言しているうちにどっちがどっちだったのか分からなくなる。
それでも、そういう白と黒の攻防、長所と短所は表裏一体、バカと天才は紙一重、などというように、何かを失えばもうひとつの何かも同時に失う気がして仕方がない。
白を失えば黒も同時に失う。グレーを選べば、グレーしか選べなくなるのではないか、というのもあながち間違いではないと確信してる。
結局は自分が思うとおりにするしかない、とそんな答えになってしまう。
