あたまのナカミ: 2008年1月アーカイブ
おとなになったら・・・
大人になることで、たとえば自分の欲しいものを自分で買えるようになったし、昔できなかったことができるようになったり、お酒がおいしいと感じたり、ステキな人と出逢うこともできた。
だけど、単純に感動したり、感激したりすることが少なくなったかもしれないなぁ。
自分がそのとき好きなもののうち、今でも絶対好き、といえるものはほんのひとにぎりで、あとははかなく消えていった。
ちょっとずつちょっとずつ要求するものが高くなって、自分にとっては当たり前になって、感動もしなくなって。
それははたして幸せなんだろうか、と思う。でもだからといって知らないのはもっといやだ。不幸でも知り続けるほうがわたしにとっては大切なこと。だって新しいことを覚えて、分かるようになるってことは嬉しいことじゃない?
だけど、生まれたばかりのういういしさはどこかに消えてしまうんじゃないかって。
どうしたら、スタートしたばかりの気持ちを持ち続けられるんだろう。
何も知らない自分を捨てずに、そのときの気持ちを忘れることなく、成長することってできるのかしら。
知らなかったときの自分もずーとちゃんと持っていたい。
昔できなかったことが今出来るのも事実。
今できないことが昔できたこともまた真実。
だとしたら違う道は、選択肢はなかったじゃない、と。
やっぱり、昔も今も好きだといえることを続けるしかないんだと思う。
そういう変わらないステキなもののいくつかと出会えたことだけでも幸運なんだし。
好きなことがあるっていうのはそれだけでとっても幸せなこと。
せめて本当に好きだということは誰にも負けないくらいピカピカに磨きたい。そういうものがたった一つでもあれば、何かは人に与えられるでしょう?
いつも何かをもらうだけなんてつまらない。
自分も何かを与えられる人でいたい、少なくとも気持ちだけは。
キャッチボールをし続けることが出来る人でいたいなぁとしみじみ思った。
今日とっても優しい友人たちと一緒にいる時間を持てて、なんだか嬉しくて。自分のできないことをサラッと隣でやっている姿ってすごい。尊敬してしまった。わたしもそんな人になれたらいいなぁと。いつか、誰かに面白いとか、優しいとか、すごい、とか。プラスの何かを与えられればいいのにって。
ステキな時間をありがとう。それからサポートもありがとう。
Not too late
Not too late (遅すぎるなんてことはない)
いや、遅いよ・・・。
もう3時を過ぎてしまったもの
ノット トゥ レイト
いやいや、美容によろしくない。
でもたしかに Not too late
わたしたちはいつでも、スタートできる。
キレイごとじゃなく、心からそう思えばほとんどすべてのものは挑戦できると思う。
結果はどうあれ、チャレンジすることは許されてる。

死ぬまでにしたいことってある?
そう聞かれて、真剣に考えてみたけど、何もないと答えた。
だって、絶対にやりたいことはやってきたもの。チャレンジしてきた。ひとりで旅をすることも、仕事をすることも、ほしいものを手にすることだって。やろうと思って出来ないことなんて一度もなかった。年齢も経験もまったく関係ない。いつも自分の頭で考えているもの。大切なものをおざなりになんてできない。ごまかしたりできない。
それはほんまちゃんが何も持っていないからだよ、と。自由だからだ、という人もいるけど。
でもそれは違うと思う。わたしはただ選んでいるだけ。不自由でいることを選ぶこともまたアリなんだもの。
どちらにせよ、すべて自分が選択した結果なのだ、と思うことにしてる。わたしの不幸はあくまでもわたしのものだ。誰かのせいじゃない。幸せもまたそう。でもそれが周りに伝染することはある。だからわたしは幸せでいなくちゃ。幸せでいられるように選択を繰り返す。これからもきっと。わたしにとっての最大の不幸は誰かの言うとおりにすること。自分の人生を誰かに支配されること。自分で選択しているかぎり、不幸にはならない。
正しいとか間違っているとか、知ってるとか知らないとか、幸せだとか不幸だとかっていう話じゃない。
これはすごく個人的で感情的なことだもの。ほんまちゃんに関してだけのこと。
わたしは今年も自分が自分らしくいられるためにたくさん悩んで、考えて選択をしていく。
自分に出来るのはそのくらいだもの。
ノット トゥ レイト
わがままで、気ままでいたずら好きなほんまちゃんを今年もよろしく。うへへ。
