あたまのナカミ: 2008年7月アーカイブ
Do you know What I mean?
人は経験することからでしか何かを学べないと思う。
だから、まだ誰もしていないような経験をすることは大切。
当たり前だと思って経験していないことをやってみるのもまた大切。考えたことをやってみる。トライする。これが重要。
想像するだけで楽しい、というのはエンターテイメントとしては素晴らしいけど、結果としてはまだまだだと思う。
しかし、経験ほど厄介なものもないと思う。
そして、その経験は自分で掴み取ったものか、誰かに与えられたものかも実は大切。経験しないよりはいいけれど、与えられたものはすぐに古くなる。でも自分で手に入れたものはなかなか古くならない。いつも与えられるだけの生活に何の魅力があるのかしら?それはわたしにとっては退屈だ。与えて、与えられる中でわかることのほうがずーとずーとたくさんあると思うよ、ほんまちゃんは。
知るというのは、楽しくて恐ろしいことでもある。
「知った不幸がある」と私の尊敬する人がよく口にしていたのだけど、最近ね、それについて深く共感するようになった。
わからない、というのはある意味自由なのだ。どんなことでも受け入れることができるから。
だけど、知ってしまったら最後、中途半端なものでは我慢できなくなる。
常に最上を求めてしまうものなんだと思う。それは素晴らしいことだけど、苦しいことでもある。きっと。
それでも、知りたいと願う自分は欲張りなのだろうか。
いやなやつ?
でもね、いやなやつでもいいの。
自分が信じることをやるためならば、わたしはなんでもする。今までだって、自分が信じることを重ねてきただけだ。
誰かを傷つけることも、嫌われることもあるはず。もちろん、崇拝されたり、愛されたりすることも。だけどね、どちらにしてもそれを受け止めるだけの強さは持っていると自負しているから。
今までもたくさんのことをやり遂げてきたから、この先も何があっても大丈夫だと思うの。
根拠のない自信。
これがほんまちゃんの最大のウリなのだ。ウヒヒ。
というわけで、いつもフルスケジュールな毎日です。ううう。
だから、まだ誰もしていないような経験をすることは大切。
当たり前だと思って経験していないことをやってみるのもまた大切。考えたことをやってみる。トライする。これが重要。
想像するだけで楽しい、というのはエンターテイメントとしては素晴らしいけど、結果としてはまだまだだと思う。
しかし、経験ほど厄介なものもないと思う。
そして、その経験は自分で掴み取ったものか、誰かに与えられたものかも実は大切。経験しないよりはいいけれど、与えられたものはすぐに古くなる。でも自分で手に入れたものはなかなか古くならない。いつも与えられるだけの生活に何の魅力があるのかしら?それはわたしにとっては退屈だ。与えて、与えられる中でわかることのほうがずーとずーとたくさんあると思うよ、ほんまちゃんは。
知るというのは、楽しくて恐ろしいことでもある。
「知った不幸がある」と私の尊敬する人がよく口にしていたのだけど、最近ね、それについて深く共感するようになった。
わからない、というのはある意味自由なのだ。どんなことでも受け入れることができるから。
だけど、知ってしまったら最後、中途半端なものでは我慢できなくなる。
常に最上を求めてしまうものなんだと思う。それは素晴らしいことだけど、苦しいことでもある。きっと。
それでも、知りたいと願う自分は欲張りなのだろうか。
いやなやつ?
でもね、いやなやつでもいいの。
自分が信じることをやるためならば、わたしはなんでもする。今までだって、自分が信じることを重ねてきただけだ。
誰かを傷つけることも、嫌われることもあるはず。もちろん、崇拝されたり、愛されたりすることも。だけどね、どちらにしてもそれを受け止めるだけの強さは持っていると自負しているから。
今までもたくさんのことをやり遂げてきたから、この先も何があっても大丈夫だと思うの。
根拠のない自信。
これがほんまちゃんの最大のウリなのだ。ウヒヒ。
というわけで、いつもフルスケジュールな毎日です。ううう。
すごいヤツを探せキャンペーン
私はたいてい、ちょっとおかしなことを考えている。
私の知り合いはたいてい、変な人である。
私はその変な人たちを愛している。
私は変というより、個性的な人が好きである。自分の意見のある人が好き。きちんと自分の頭で考えているひとが好き。
私はやっぱり好きだと思うものに囲まれて生きたい。ただ呼吸をして生きているだけじゃつまらない。自分だけの人生を見つけたいと願う。これってわがまま?
というわけで、ただいまホンマニアでは変な人を探せキャンペーン中です。
変な人を見かけたら、ぜひ紹介してください。
で、同時に今必死で探している自分自身の変な知識と交換しましょう。
誰かにとって、私の何が売りになるのか、を今全力でリサーチしてます。
とりあえず、i-googleをリリーフランキー風にしました。
小さいけど、くだらないかもしれないけど、小さな一歩。
少しずつ自分の周りを変えて行きたいの。好きなもの色にね。カスタマイズバンザイ。
私は私にしかできない何かを探してます。
だから毎日試行錯誤。
写真は今日デビューさせたクロエのきゃわいいパンプス。かなり気に入ってます。うふふ。しあわせ。
とりあえず、古びていた名刺ケースをアッシュアンドダイヤモンドのものに変更。
基本黒なのにベルト部分がピンクにキラキラ。
地味可愛い。春に気に入って友人にプレゼントしたものとおそろい。ウヒヒ。
で、これもまたずーと買いたいと思っていた落ちワタ布巾。
靴とかお部屋とか、食器とかなんでも使える便利そうなアイテム。
刺繍の糸でちょっと加工しようかな。
で、最近買ったこれらの共通点は・・・ない。(笑)
金額もブランドも関係ない。ただ自分がこれはいいと思ったものを買っただけ。
必要なものを必要なだけ。
私の知り合いはたいてい、変な人である。
私はその変な人たちを愛している。
私は変というより、個性的な人が好きである。自分の意見のある人が好き。きちんと自分の頭で考えているひとが好き。
私はやっぱり好きだと思うものに囲まれて生きたい。ただ呼吸をして生きているだけじゃつまらない。自分だけの人生を見つけたいと願う。これってわがまま?
というわけで、ただいまホンマニアでは変な人を探せキャンペーン中です。変な人を見かけたら、ぜひ紹介してください。
で、同時に今必死で探している自分自身の変な知識と交換しましょう。
誰かにとって、私の何が売りになるのか、を今全力でリサーチしてます。
とりあえず、i-googleをリリーフランキー風にしました。
小さいけど、くだらないかもしれないけど、小さな一歩。
少しずつ自分の周りを変えて行きたいの。好きなもの色にね。カスタマイズバンザイ。
私は私にしかできない何かを探してます。
だから毎日試行錯誤。
写真は今日デビューさせたクロエのきゃわいいパンプス。かなり気に入ってます。うふふ。しあわせ。
とりあえず、古びていた名刺ケースをアッシュアンドダイヤモンドのものに変更。基本黒なのにベルト部分がピンクにキラキラ。
地味可愛い。春に気に入って友人にプレゼントしたものとおそろい。ウヒヒ。
で、これもまたずーと買いたいと思っていた落ちワタ布巾。靴とかお部屋とか、食器とかなんでも使える便利そうなアイテム。
刺繍の糸でちょっと加工しようかな。
で、最近買ったこれらの共通点は・・・ない。(笑)
金額もブランドも関係ない。ただ自分がこれはいいと思ったものを買っただけ。
必要なものを必要なだけ。
これもまた、「すごいヤツを探せ」キャンペーンの一環。
今はこんな毎日がとっても楽しい。
今はこんな毎日がとっても楽しい。
lie-lie-lie
嘘を否定するつもりなどまったくない。だけど、嘘-lie には不安定で浅はかでそして甘やかな側面があることは誰もが知っていることだと思う。
嘘は貴重だからこそ価値があるのであって、年中ゴロゴロとしているのはみっともない、と思う。
狼少年は結局不幸になったのだもの。
わたしが唯一許されると思われる嘘は相手を傷つけず、それが一生バレないとき、もしくは明らかに嘘だとわかるとき(ジョーク)、そして自分以外のだれかが利するとき(誰かのためになる時)だけだと思う。
嘘には覚悟とそして知性が必要なのだ。きっと。
でも残念ながら多くの人はその才能を持ち合わせていないと思う。でもどうして嘘をつくのだろう。つく必要もないような嘘を。
ほんまちゃんにはその才能がないことを早くから理解していたので、嘘は必要最低限だけだ。ほとんどつかない。
自分が一番得する嘘、は一見得のように見えるときがあるかもしれない。だけど結局は損だと思う。
信頼を失うから。信頼できない人は苦手だ。少なくともわたしは。
私が好きなのは率直で素直でちょっと不器用な人だ。本来は捨ててもいいものを大切に、たいせつにしてしまうようなそんな人。・・・たぶん。(-_-:)
時々、ふと考える。自分はどんな人になりたいのかっていうことを。
わたしはよく「贅沢」という言葉を遣うのだけれど、それは状態のことでモノのことじゃないのだ。
いつも幸せを感じて生きること。これは贅沢。
たくさんのものに囲まれて、生きること。これは贅沢とは限らない。
人はなりたい自分にしかなれないと思う。自分が本当に望むモノにしかなれない。何をいいと感じて、どんな風に選択を重ねてきたか。そういう普段の、人間の奥底に潜んでいる「価値観」だけはどんなに地位や名誉や財産を得たとしても手にすることは難しいのだと思う。
育ち、というのは半分は生まれた環境が、そして後の半分は自分自身で創れるものなんじゃないかしら。センスともいうけれど。おいしいものがわかるセンス、美しいものがわかるセンス、どんな選択をするか・・・それもすべて同じセンスのような気がする。経験の数だけでは補えないもの、それがセンス。結局最後はどこかでつながっている。そしてたぶんそれは、信念じゃないかしら。
お金があっても、いつも不安でそれを失う恐怖を持ち続ける人はきっといつまでも幸せにはなれない。
自分だけの価値観を持っている人はいつも自由で、そのままで、嘘がないものだ、と私はそう信じている。
そしていつか自分もそうなりたい、なれると本気で信じている。
だからきっと今日も自由でいるために真剣に仕事をして、誰かと出逢い、好きだと思うものを探して、幸せを感じて生きているんじゃないか、と思うことにしている。それが幸せだと感じなくなるまで。
